
江戸の部屋探しを、9回にわたって調べてきました。今回はまとめです。いまとくらべて、何が変わって、何が変わらなかったのか。並べてみます。
変わらなかったこと
保証してくれる人が要る。江戸で家を借りるには、「店請人」という保証人が必要でした。頼める人がいない人のために、お金を受け取って保証を引き受ける商売も生まれています。大坂では享保17年(1732年)、53人が「家請人仲間」として奉行所に指定されました(江戸編②)。いまの保証会社です。
貸す前に、相手を確かめる。江戸の大家は、本人と家族に細かく尋ね、前の住まいの近所まで調べに行ったそうです(江戸編③)。いまは、申込書と書類、保証会社の審査。確かめたいことは同じです。
持ち主と、管理する人は別。長屋の大家さんは、持ち主に代わって管理をする「家守」でした(江戸編⑥)。いまの管理会社にあたります。
みんなで使う場所には、決まりがある。共同の井戸は、年に一度、住人総出で掃除。ごみは、明暦元年(1655年)に、川へ捨てることが禁じられました(江戸編⑦)。
買わずに、借りて済ます。衣服や布団、道具を貸す「損料屋」がありました(江戸編⑧)。家具・家電つきの物件や、レンタルの遠い先祖です。

変わったこと
探しかた。空き家に貼られた「貸家札」が、空室の合図でした(江戸編①)。いまは、スマホで写真も間取りも見られます。
広さと設備。いちばん小さな部屋は「九尺二間」。約10平方メートルで、畳の部分は4畳あまり。風呂はなく、井戸とトイレは共同でした(江戸編④)。
家賃の重さ。九尺二間で、ひと月300文。そばに直すと約19杯ぶんです。ある大工さんの家計では、家賃は収入の約8%でした(江戸編⑤)。
火事への備え。江戸の大火は、264年で100回以上(江戸編⑨)。いまは、火災保険で備えられます。
9回ぶん、調べて思ったこと
ここからは、私の感想です。
道具は、すっかり入れ替わりました。札はスマホに、店請人は保証会社に、聞き込みは書類に。けれど、やっていることの芯は、ほとんど変わっていません。貸す側は「この人に貸して大丈夫か」を確かめる。借りる側は「この部屋で暮らしていけるか」を確かめる。部屋探しは、300年前から、おたがいの確認作業でした。
審査も、保証料も、書類の山も、だれかの意地悪で生まれたわけではなさそうです。そう分かっただけでも、調べたかいがありました。

残った宿題
正直に書いておきます。調べきれなかったことが、2つあります。
ひとつめ。貸家札を、なぜ斜めに貼るのか(江戸編①)。ふたつめ。江戸時代、保証を引き受けてもらう値段はいくらだったのか(江戸編②)。どちらも、確かな資料がまだ見つかっていません。分かったら、あらためて書きます。
これからの連載
あしたから、「いま編」を始めます。保証人がいない。初期費用を抑えたい。審査が不安。いまのお部屋探しの困りごとを、国や自治体の資料で確かめながら書いていきます。
むかしの話も続きます。次は明治編。最初のテーマは「敷金」です。辞書を引いたら、意味が6つもありました。
これからは、「いま編」と「むかしの話」を、1日おきにお届けします。
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