
前回の最後に、長屋の広さはたたみ何枚分でしょう、と書きました。答えからいきます。6枚分です。ただし、6畳間ではありません。
合言葉は「九尺二間」
江戸の庶民が暮らした裏長屋の、いちばん小さなひと部屋は「九尺二間(くしゃくにけん)」と呼ばれました。辞書を引くと、間口が9尺(約2.7メートル)、奥行きが2間(約3.6メートル)。「江戸時代、最も狭い住居の大きさ」とあります(精選版 日本国語大辞典)。
掛け算すると、約10平方メートル。3坪です。たたみに直すと6枚分になります。
この言葉は、安永2年(1773年)の笑い話の本にも「九尺二間の裏店(うらだな)」と出てきます。狭い家の代名詞として、当時からふつうに通じていたわけです。
6枚分でも、畳は4枚あまり
戸を開けると、まず土間です。水がめ、流し、かまどが並ぶ台所でした。畳の敷かれた居間兼寝室は、その奥の4畳あまりです(磯田道史監修『新版 江戸の家計簿』)。
いまの言葉で言えば「1K」です。ただし、キッチンは靴を脱ぐ前にあります。布団を敷いたら、床はほとんど残りません。

風呂なし、井戸とトイレは共同
設備も見ておきます。同じ本によると、路地の奥に共同の井戸、便所、ごみ溜めがありました。部屋に風呂はありません。江戸の人は湯屋、つまり銭湯に通いました。
物件情報ふうに書くと、こうなります。「1K・約10㎡・風呂なし・トイレ共同・井戸共同」。いま、このまま広告に出したら、問い合わせの電話は鳴らない気がします。
いまの目安の、4割ほど
国は、健康で文化的な暮らしに必要な広さの目安として「最低居住面積水準」を定めています。ひとり暮らしで25平方メートルです。九尺二間は、その4割ほどしかありません。
ただ、見かたを変えると、話は少し違ってきます。風呂は湯屋、水は井戸端。部屋の外にあるものを、みんなで使う暮らしでした。
以前このブログで「街を、あなただけのリビングに」という記事を書きました。部屋の広さだけでなく、まわりの環境ごと住まいと考える、という話です。江戸の人は、とっくにそれを実践していたことになります。先を越されました。

なお、広さは辞書で、間取りと設備は書籍の内容を紹介する記事で確認しました。長屋にはもっと広い部屋もあり、九尺二間は「いちばん小さい型」です。
次回は、家賃の話です。この部屋、ひと月いくらだったと思いますか?
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