
「火事と喧嘩は江戸の華」と言います。華と言うくらいですから、そこそこ多かったのだろう、と思っていました。数字を見て、認識をあらためました。
264年で、100回以上
東京消防庁の資料には、こうあります。江戸時代264年の間に、100回以上もの大火があった。
単純に割ると、2年半に一度より多いペースです。なかでも日本橋や京橋は、2〜3年に一度は大火に遭い、日本橋は10回も焼け落ちたそうです。
理由も書かれています。家はほとんどが木造。長屋がびっしり建ち、火を日常的に使っていました。
いちばん被害が大きかった、明暦の大火
明暦3年(1657年)1月18日、本郷の本妙寺から火が出ました。亡くなった人は10万人以上と伝わります。「振袖火事」とも呼ばれる、江戸三大大火のひとつです。
このあと幕府は、「定火消(じょうびけし)」という消防の組織をつくり、火除地(ひよけち)を設け、土蔵造りをすすめました。町のつくりかたそのものを変えていったわけです。

燃える町で、借りて暮らす
ここで、これまでの回がつながります。
部屋は畳4枚あまり(江戸編④)。家賃は安い(江戸編⑤)。持ち物は少なく、足りないものは借りる(江戸編⑧)。
数年に一度、町が焼けるかもしれない。そう考えると、持たない暮らしは、貧しさだけが理由ではなかったのかもしれません。ここは私の推測です。
いまは、保険で備える
いまの賃貸では、契約のときに火災保険への加入を求められることが多くあります。部屋を借りる人が入るのは、おもに自分の家財と、大家さんへの賠償に備える保険です。
「また出費か」と思う気持ちは分かります。ただ、江戸は火災保険のない時代でした。数年に一度の大火に、備えなしで向き合っていたことを思うと、保険はだいぶ心強い発明です。

なお、火事の回数と明暦の大火については、東京消防庁の公開資料で確認しました。保険の内容は商品によって違います。加入の前に、補償の範囲を確かめてください。
次回は、江戸編のまとめです。江戸といまで、変わったこと、変わらないことを並べてみます。
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