江戸の大火、何回あった?|お部屋探し今むかし 江戸編⑨

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「江戸の大火、何回あった?」のタイトルと、暗闇で燃える火の写真。「火の用心」の印のイラスト入り
写真:夜に燃える火(撮影:Luke Porter/Unsplash)。イメージです。「火の用心」の印もイメージです。

「火事と喧嘩は江戸の華」と言います。華と言うくらいですから、そこそこ多かったのだろう、と思っていました。数字を見て、認識をあらためました。

264年で、100回以上

東京消防庁の資料には、こうあります。江戸時代264年の間に、100回以上もの大火があった。

単純に割ると、2年半に一度より多いペースです。なかでも日本橋や京橋は、2〜3年に一度は大火に遭い、日本橋は10回も焼け落ちたそうです。

理由も書かれています。家はほとんどが木造。長屋がびっしり建ち、火を日常的に使っていました。

いちばん被害が大きかった、明暦の大火

明暦3年(1657年)1月18日、本郷の本妙寺から火が出ました。亡くなった人は10万人以上と伝わります。「振袖火事」とも呼ばれる、江戸三大大火のひとつです。

このあと幕府は、「定火消(じょうびけし)」という消防の組織をつくり、火除地(ひよけち)を設け、土蔵造りをすすめました。町のつくりかたそのものを変えていったわけです。

木造の家が並ぶ宿場町の町並み
むかし:木造の家が並ぶ奈良井宿・長野県(撮影:Andy Arbeit/Unsplash)。イメージです。

燃える町で、借りて暮らす

ここで、これまでの回がつながります。

部屋は畳4枚あまり(江戸編④)。家賃は安い(江戸編⑤)。持ち物は少なく、足りないものは借りる(江戸編⑧)。

数年に一度、町が焼けるかもしれない。そう考えると、持たない暮らしは、貧しさだけが理由ではなかったのかもしれません。ここは私の推測です。

いまは、保険で備える

いまの賃貸では、契約のときに火災保険への加入を求められることが多くあります。部屋を借りる人が入るのは、おもに自分の家財と、大家さんへの賠償に備える保険です。

「また出費か」と思う気持ちは分かります。ただ、江戸は火災保険のない時代でした。数年に一度の大火に、備えなしで向き合っていたことを思うと、保険はだいぶ心強い発明です。

書類にペンで記入する手元
いま:契約のときに、火災保険も確かめる(撮影:Leon Seibert/Unsplash)。イメージです。

なお、火事の回数と明暦の大火については、東京消防庁の公開資料で確認しました。保険の内容は商品によって違います。加入の前に、補償の範囲を確かめてください。

次回は、江戸編のまとめです。江戸といまで、変わったこと、変わらないことを並べてみます。

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