
前回の「九尺二間」。たたみ6枚分で、風呂なし、井戸とトイレは共同でした。では、家賃はいくらだったのか。調べてみました。
ひと月300文
江戸文化歴史検定の公式解説集に、裏長屋の家賃として「坪あたり1か月で銭100文」という数字が出てきます。九尺二間は3坪ですから、ひと月300文。1年で3,600文です。
当時は家賃を「店賃(たなちん)」と呼びました。
そばに直すと、約19杯
300文と言われても、ぴんと来ません。当時の物差しに直してみます。
江戸の終わりごろ、「二八そば」は一杯16文だったといわれます。時期がぴったり重なるとは限りませんが、物差しとして借りると、300文はそば約19杯ぶんです。
かりに、いまの立ち食いそばを一杯500円とすると、19杯で9,500円。家賃が月1万円を切る計算になります。
別の物差しもあります。磯田道史さん監修の『新版 江戸の家計簿』は、九尺二間の家賃を、現代の感覚でひと月4,875円ほどと算出しています。
換算のしかたで数字は動きます。ただ、どの物差しを当てても「かなり安い」ことは変わりません。

大工さんの家計簿では、収入の約8%
収入とくらべると、どうでしょう。文政年間(1818〜1830年)に書かれた『文政年間漫録』に、大工の一家の家計が残っています。
日当は銀5匁4分。年に294日働いて、年収は銀1貫587匁6分。そのうち店賃は、年に銀120匁でした。計算すると、収入の約8%です。
この大工さんの家は「四畳半二間」。九尺二間より広い部屋で、この割合です。
いまは「家賃は手取りの3割まで」とよく言われます。くらべると、江戸の家賃はずいぶん軽い負担でした。
安いのには、理由がある
うらやましい、と思った方。前回を思い出してください。約10㎡、風呂なし、トイレと井戸は共同です。
安い家賃には、安いなりの理由がある。これは江戸時代も、いまも変わりません。物件を見くらべるときは、家賃の数字だけでなく「その金額に何が含まれているか」を見てください。江戸の人に言われるまでもないことですが。

なお、今回の数字は、検定の公式解説を紹介する記事、書籍の内容を紹介する記事、物価の事典を引いた解説で確認したものです。家賃は時期や場所で差があります。目安としてお読みください。
次回は、大家さんの話です。江戸の大家さんは、実は建物の持ち主ではありませんでした。
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