
部屋探しは、なにでしますか?
四半世紀前は、情報誌でのお部屋探しが主流でした。いまではなかなかレアになりましたね。2026年現在は、ウェブサイト、インスタ、TikTok……。
寝転がったまま。通勤の合間に。コーヒーを飲みながら。はたまた信号待ちの間に(もちろん、歩いているときの話です)。いつでもどこでも探せる代わりに、スマホなしで探すのは至難の業になりました。
では、スマホどころか情報誌もない時代の人は、どうしていたのか。
答えは「歩く」。ひたすら歩く。部屋探しというより、ほぼ宝探しです。
「令和のお部屋探しテク」を書き終えて、ふと気になりました。この便利さは、いつから当たり前の顔をしているのだろう、と。今日から約ひと月、江戸から令和まで、お部屋探しの移り変わりをゆっくりたどります。
「貸家札」って知ってました?
空き家に貼って「ここ、貸します」と知らせる札のことです。辞書には「多くは斜めに貼る」とあり、江戸時代の浄瑠璃にも登場します。なぜ斜めなのかは……なんででしょう? これも課題の一つとして調べておきます。
写真なし。間取り図なし。手がかりは、この札と人づての話が中心だったようです。いまの感覚で言えば、口コミも写真もない店に、看板だけ見て飛び込むようなもの。昔の人は、家でそれをやっていたわけです。なかなかの度胸です。
貸家札がスマホになるまでに、300年!!長くて短い歴史年表
江戸から今日までの節目を並べてみます。
- 享保3年(1718年) 浄瑠璃の中に「かしや札」の文字が出てくる
- 大正10年(1921年) 借家法ができる。貸す人と借りる人のルールが法律に
- 大正13年(1924年) 関東大震災をきっかけに、鉄筋コンクリートのアパートを建てる「同潤会」ができる
- 昭和27年(1952年) 宅地建物取引業法ができる。不動産会社が守るルールが決まる
- 昭和30年(1955年) 日本住宅公団ができる。「団地」の時代へ
- 昭和51年(1976年) 首都圏で住宅情報誌が生まれる
- 平成9年(1997年) インターネットで物件を探せるサイトが登場する
- 令和4年(2022年) 契約書類をスマホやパソコンで受け取れるようになる
情報サイトが出てきたのは平成に入ってから。意外と最近です。
時代とともに変わったのは、建物だけではありません。情報の届きかたも、大きく変わりました。
ただし、情報が増えたことと、良い部屋を選べることは別の話です。昔は情報が少なすぎて、いまは多すぎておぼれそう。いつの時代も、当たりを引くのは大変なようです。
運転はできる。でも車の歴史は知らない
白状します。仕事で毎日目にしている契約書や重要事項説明書。使い方は知っています。でも、その生い立ちまでは知りませんでした。運転はできても、車の歴史は語れない。そんな状態です。
というわけで、このシリーズは先生の講義ではありません。私が調べて、驚いて、ときどき反省する記録です。札幌や北海道ならではの話も、見つけしだい放り込みます。
「昔からそうなので」禁止令
敷金はなぜ預けるのか。なぜ契約の前に、あの長い説明を聞くのか。業界の人に尋ねると、わりと高い確率で「昔からそうなので」と返ってきます。実は、私もそう答えてきた一人です。このシリーズでは、その答えを禁止にします。
いまの「当たり前」には、それぞれ生まれた理由があります。理由を知っていれば、条件を見比べるときに「なんとなく」で流されません。現地に行かずに部屋を決められるようになったのも、突然の魔法ではなく、300年分の積み重ねの結果です。

次回は江戸編。スマホを置いて、歩くところから始めます。あなたなら、何軒目で決めますか?
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